2026/08/31

正反対な君と僕 21話

その制御できない心に一喜一憂しながらも、そこから先どうすれば良いかわからない東。
そんな状況の中でチラチラと見える谷や西の隠し事。
それでもと思いながら観ているところに平の妹の一言が投げかけられ、そこからすべての状況が反転する大きな可能性が示唆される。
この作品が描きたいものが、100%の幸せではない別の可能性。青春もののもう一つである可能性。
ここで残り3話、コミックでも残り1巻。正反対な三者三様の行方を、ほぼ原作を幸せな形で描き続けているのに構成にまったく無理が生じていないどころか面白さも保ち続けているのは原作アニメ双方の上手さの賜物だよなあと思いながら、その上でこのタイミングでこの展開持ってこられると、期待しかないじゃないか。
前々期も今期も一番のお気に入りの作品だったのはまさにこういう所だったんだな。

2026/08/30

魔法少女リリカルなのは EXCEEDS Gun Blaze Vengeance 9話

一刻も早くと思えるような展開の中で話を停滞させるようなドラマが挿入されて、これで良いのかと思ったが、その停滞させた時間がその後の展開を無駄なく進める事に繋がるとは。
ホントこういうの上手いよなあ。

2026/08/28

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 〈ワルプルギスの廻天〉』(2026)

(2026/08/28 イオンシネマ多摩センター スクリーン1)

ネタバレをせずに何を語ればとも思ったが、「好き」とだけ答えておこう。

なのでこれ以降はブログのみの感想。
ここからはネタバレに遠慮してないのでご注意を。(警告)

いやぁ、懐かしいなあこの拗らせ具合。
これでこそまどかマギカだよ。
嬉しくなってしまった。

その上これでもかというイメージの洪水。

物語としては反逆の続きで、お互いの関係性はそういうことか。
という所から始まって、そこからの反逆とはまた異なった違和感。

その先、彼女の正体はまずそうだろうというのはタイトルからしてわかるのだけれど、ここから先はもうひとつの存在に対して幾つかの可能性をまとめてぶち込んだ故のカオス。
だとするともうこれは誤読を楽しむしかないだろう。
こういうのが好きなのだ。誰がなんと言おうと知ったことか!
円環前提でそれでも救われなかった少女と、そもそも救ってなど欲しくなかったむしろインキュベーターの真の目的そのものが救いだった少女、そしてまどかよりも前にそもそも同じ願いを持っていた少女の成れの果てが実は。
利害関係や状況で敵味方や好悪が逆転し、見え方が変わり、そこから始まる様々なバトル。
もはや前作から便利に使われ続けるさやか。話の途中で観客の本音を言い出し始めたり、唯一の燃料だった筈がもうやめたとか言い出したりとかどれだけ美樹さやかが好きなんだよ。
というか名前の元ネタからして神聖視されてもおかしくない娘では元々あるのだけれど。
オクタヴィアにはもっと活躍して欲しかったなあなんて思っていたらそれどころじゃない一番ヤバい奴があわや復活とかは痺れたなあ。いや、ワルプルさんどころじゃない奴の登場は一番痺れた。

他にも、まどかが望んだ世界の結果に産まれた外の世界とか、ほむらが望んだ世界の結果に産まれたまどかと円環さんとの関係とか。

さて、これからインキュベーターは何を始めるのか。
ここでバッサリその後を一切描かないのが個人的には大好物なのだけれど。

と、ここまで書いて気づいた。
私はこの作品に『ガメラ3』と同じものを感じていたんだ。だからその終わり方もそうなって欲しいと思っているんだ。

2026/08/12

『雪の断章-情熱-』 (1985)

 (2026/08/12 Amazon Prime)

これも長回しのための空間設計が一体どうなってるんだろうと思うレベルの頭のおかしなアバンシークエンス。

時代も背負った、タラレバが心を締め付ける。

かねさんの徹底した無神経っぷりが物語を動かす。

けど本人に自覚があったのか、指摘されて気づいたから去ったのか。

女の顔に変えるところの上手さはやはり相米さんだよなぁ。

那波家は物語の構成要素の重要な部分だけれど、改めて見ると思っていたよりそれほど描かれていなかった。

かねさんよりも悪意のあるのはあの刑事で、無能ではなかった事を最後に示してくる。

一番強いのは伊織で、彼女が居たからこそであったが故のあっという間の10年だったのだろうな。

相米作品でバービーボーイズといえば『台風クラブ』の「暗闇でダンス」だけれど、本作で「負けるもんか」使ってた事はすっかり忘れていた。

『スネーク・アイズ』 "Snake Eyes" (1997)

 (2026/08/12 Amazon Prime)

しかし、EDで途中気づいてからキャストロールどころではなくなる作品もそうはないわな。

事件終わってすぐ物語が終わらないのも予想外ではあるのだけれど。


定期的にOPのキチガイじみた長回しが観たくなる作品ではあるのだけれど、色々と思い出のあって好きな作品。


長回し込みで全体の半分は何が起こったかのミステリーパートで、そこから先はある意味の追いつ追われつが大きな密室内で行われ...。


散々周りからそういう扱いをされる事に何の問題もなかったのに、唯一信じていたものからそういう扱いをされることに耐えられなかった。

それくらいの心の拠り所だったのに、彼もそういう目でしか観ていなかったのが何よりも哀しかったのだろうな。そんな扱いしなければ彼の判断も違っていたのかもしれないのに。

ただし、タラレバは既になく彼の言うとおりの人生となってもなお笑っていられるようになったハッピーエンディング。

ニコラス・ケイジもゲイリー・シニーズもこれ以上無いくらいのキャスティング。

今でもこのサントラは好きなサントラの一つです。

『木挽町のあだ討ち』(2026)

 『木挽町のあだ討ち』(2026)

(2026/08/12 Amazon Prime)


割と見かけていた江戸の洒落っ気溢れる傘模様のビジュアルがこんなにもあっさり冒頭に出てくるのか。

スポットライトも広い舞台も、早々に理由がわかる。

何故片手剣と思ったが、これもまたそういうことか。

などと思っているうちに、何を探っているのか、何を怪しんでいるのかが見えてくる。ここは戯場国。

そこから先、徐々に明らかになる真相と顛末。まさに企みどおりに転がされました。

面白かった。

花となる場所がいろいろな出自のたまり場となるのは今も同じで、映画で言えば日活ロマンポルノとか東映Vシネマ、そこから最近となるとTVアニメに至る制作者の人材とか、キャスト的なもので言えば、一時期のお笑い芸人さんとか、最近の声優さんとか、いろいろな場所を目指していたものが流れ流れて集まったが故に起こる化学反応の面白さなのかなというのを改めて痛感する。

そんな、異種格闘技戦の面白さは...というのは脱線がすぎるのでまた別の話。


良く出来た脚本に良い役者が集まって、というのは本当に心地よい。

『ワン・バトル・アフター・アナザー』 "One Battle After Another" (2025)

 (2026/08/11 Amazon Prime)

タイトル通り、戦闘の後の戦闘だった。想像通りの部分と、そうでない部分と。 

久々のPTA。どれくらい久々かといえば『マグノリア』以来。
故に本作でトムの名前が出た時にはそういえばと思った。
今の作風はこうなのか。こういう言い方は変だが、まとまりが良く、うまくなった一方で変わらない距離感。スピード感。

個人的に好きなのはアバンティ。彼の存在がウィラに少しだけ希望をもたらす。
センセイはセンセイなんだな。もはやこれも定着している言葉なのか。
本当にいざとなったら抵抗するなという初期に出されたポリシーは、その後の展開の持続とともに結果としては少しだけの福音をもたらす。
ロックジョーの階級が字幕上警部だとか警視とかいう言い方だったのは違和感。自動翻訳?それとも独自翻訳?
それでも、「お前は誰だ!」は良かった。彼女の放った一番重要な台詞。

2026/08/11

『さらば愛しきアウトロー』"The Old Man and the Gun" (2018)

 (2026/08/11 Amazon Prime)

ずっと観たかった『裸足で散歩』はいまだに観れていないが、思わぬ形で本作は観ることとなった。
本作を観る直前に観た『フレンチ・コネクション』と、この後に観るとある作品の間に何を観たら良い?という問いかけに対するCo-Pilotのお薦めという形で。

時代背景もあって、この時代の彼が出ていた作品を彷彿とさせるあれこれ。
そもそもの題材が彼の代名詞と言える役と同様に実在の銀行強盗を、同様にユーモアを交えて演じているのがなんとも言えない。

タイトルにThe Gunと入っているのに、それは人を撃つための道具ではなく、どちらかといえばやっていることの象徴、拳銃強盗という意味でのGunで、実際彼は撃たれるが撃つことはないというのもなんというか洒落ている。

楽しむ為にというのも、らしくて良いんだよなぁ。

なんて思っていたら銀行強盗よりも脱獄のほうが実に多彩でユーモアに満ちていた。
そういったところで、『華麗なる賭け』や『暴力脱獄』のようなものも思い出したし、話は最初に戻るが、Co-Pilotには私の趣味嗜好が完全に把握されているなとも思った。

この感想、彼にも読ませてみるかな。

『フレンチ・コネクション』"The French Connection" (1971)

(2026/08/11 Amazon Prime)

ドキュメンタリータッチで描かれていく、まさしく作業とでも言うべき地道なものの積み重ね。

天国と地獄が1963年でブリットが1968年、俺たちに明日はないが1967年、エクソシストが1973年、ジョーズが1975年、なんてことも考えながら観てた。

久々に観て思ったのは、音の記憶、記録。追跡し、待ち、を続ける中で聴こえてくる音は、今となっては時代の記憶でもある。まあそれは映像に出てくる街中や人々の行動、倫理観に至るまでだけれど、それは戻り戻ってドキュメンタリータッチの効能でそのタッチを出す為に切っても切れないものだというのを再確認。
地味な作業を繰り返した果てに得られた成功と、散々建てまくったフラグの果てのフレンドリーファイアの描き方と、100点まで至れなかった逮捕劇。
なんとも言えない後味を残して終わるのも、この作品の魅力だよなぁ。

2026/08/10

『ひつじ探偵団』"The Sheep Detectives" (2026)

(2026/08/10 Amazon Prime)

思っていた以上にミステリーに忠実で、そして愛のある作品でした。
まあ私個人的には最初にあげられたトリックがそれだった時点でもう完落ちしていたけれどね。(細かいことを話すとあれなので、ある作品で使われたトリックであるとだけ言っておく。)

まあ愛といえばラストのジョージとリリー、そしてセバスチャンにはやられたけれど。
その上で今回聞いたのは英語音声だけれど、日本語吹き替えが誰だったかのエンドテロップを見て、すごくピッタリのキャスティングだと思ったのはちょっとハズれた話。
羊たちの会話へと移行していく過程はけっこう面白いことやるなあと思った。徹頭徹尾羊だけで成り立たせるのかと思ったら、ああ、こういう導入なんだと言う上に人たちの会話とこんな感じでミックスしていくんだという過程。
細かい伏線やトリック、ミスディレクションが、劇中示されるミステリーの基本を上手い具合に謎っていく様もまた心地よい。
というか本作で一番好きな所。