「少年の名はジルベール」(2016)竹宮惠子
ふとしたきっかけで彼女の「ロンド・カプリチオーソ」の事を思い出し、そこから何気なくその作品の事を調べていたらこの作品に辿り着いた。
漫画ではなく文章で綴られている。
「風と木の詩」が世に出るまでの話。
と言ってしまえばあまりにも素っ気ないが、萩尾望都らと共に過ごしていた大泉サロンの頃の話からそれに端を発するスランプの話と言った大きな話よりも、その間自らの作品をどう思い、文字通りどうやって作品と向き合い作っていったかと言う事がとても興味深かった。
文字通り少女漫画を切り拓いていった人がその事をどう感じていたか。
ずっと一人で作品を作り続けていたのかと思っていたが、それは近くにそんな人がいたから出来たことなんだといった事。
「風と木の詩」自体はかなり初期からその構想ができていたにも関わらずそれを世に出すまでこんなにも長い道のりが必要だったこと。それがまた最終的に作品の血肉にもなっていった事。
そして竹宮惠子にとって萩尾望都という存在が何であったかと言う事を彼女視点で知ることが出来たのはとても良かった。
一番近いのは手塚治虫視点で見た石ノ森章太郎かなとも思ったが二人共また性格が違うので感じ方はまた違ったろうな。
漫画家である彼女とパートナーとの物事の捉え方の違いも面白かったな。
たしかに同じ物を見てもここまで興味の対象が違うと言う事を明確に書かれているのが面白い。
自分自身が感じていてもそれを文章で的確に表現されているのを読むのは初めてだった。
個人的にはその結果としての作品よりも如何にしてそれを表現しているかと言う事に上手さを感じるタイプなので同じように周りとのズレを感じている人がそれをどう受け止めているかを知ることが出来たのは良かった。
自分の思っている事、主張したいことを上手く表現出来るようになる為に自分一人では何も出来ず、人の縁でようやく得ることが出来たと言う事を言えるのは凄いと思う。ましてやそれが彼女だからな。
萩尾望都の視点でこういったものを読んでみたいな。
ただしそれはより多くの人達がそれを辛いものと感じることになりそうな気もするが。
2019/05/03
2015/11/06
「黒澤明 樹海の迷宮」(2015)野上照代他
「黒澤明 樹海の迷宮」を読了。
先日読んだ「黒澤明vsハリウッド」では始まる前に終わってしまったが、今度は始まってからの無事作品として完成するまで。
両者の時間軸や、ハリウッドとソ連等々対照的な部分も多いせいかひとつの連続した話としても予想以上に楽しめた。
実際には間に『どですかでん』が入るものの『赤ひげ』でいわゆる黒澤明的な作品のひとつの到達点を見せてからの『デルス・ウザーラ』という別の形でありながらそれでも根っこに存在する黒澤明な作品が出来るまでの苦労を見られたと共に、まあたぶん今の自分の年齢、当時の野上さんより上の年で読んだことによるある種の人間黒澤明に対する共感が、何というか今まで目にしてきたドキュメンタリー上の黒澤明の声や表情で再現されて、ほんと合わせてひとつの大きな物語を見ているような感じでした。
そう、読んでいるというよりまるで観ているという感じ。
それがまた『デルス・ウザーラ』という作品と繋がる部分があっていろいろとくるものが。
けど本当にこの作品、『デルス・ウザーラ』を撮る事が出来て良かったな。
その時の状況はまさにソ連という国があって本当に良かったと思う。
それがなければコッポラ、ルーカス、スピルバーグ的な人達が主導権を握れるようになるまで何を撮ることも出来なくなっていたかもしれないものな。
まあその場合は別のもの、もう少し力を抜いたものが観れたかもしれないが、その場合その作品が評価される土壌が出来るまでにまだまだ時間がかかっていただろうし。
しかしホント、正解のないものを探し続けて迷い続ける迷宮とそこから産み出された物語というのは身に滲みる。
同時に自分一人で産み出したものではないことであるが故にこういったものができることの面白さが、たぶん最後まで現役だった理由でもあったのだろうなと思いました。
これだからこそ面白い!
先日読んだ「黒澤明vsハリウッド」では始まる前に終わってしまったが、今度は始まってからの無事作品として完成するまで。
両者の時間軸や、ハリウッドとソ連等々対照的な部分も多いせいかひとつの連続した話としても予想以上に楽しめた。
実際には間に『どですかでん』が入るものの『赤ひげ』でいわゆる黒澤明的な作品のひとつの到達点を見せてからの『デルス・ウザーラ』という別の形でありながらそれでも根っこに存在する黒澤明な作品が出来るまでの苦労を見られたと共に、まあたぶん今の自分の年齢、当時の野上さんより上の年で読んだことによるある種の人間黒澤明に対する共感が、何というか今まで目にしてきたドキュメンタリー上の黒澤明の声や表情で再現されて、ほんと合わせてひとつの大きな物語を見ているような感じでした。
そう、読んでいるというよりまるで観ているという感じ。
それがまた『デルス・ウザーラ』という作品と繋がる部分があっていろいろとくるものが。
けど本当にこの作品、『デルス・ウザーラ』を撮る事が出来て良かったな。
その時の状況はまさにソ連という国があって本当に良かったと思う。
それがなければコッポラ、ルーカス、スピルバーグ的な人達が主導権を握れるようになるまで何を撮ることも出来なくなっていたかもしれないものな。
まあその場合は別のもの、もう少し力を抜いたものが観れたかもしれないが、その場合その作品が評価される土壌が出来るまでにまだまだ時間がかかっていただろうし。
しかしホント、正解のないものを探し続けて迷い続ける迷宮とそこから産み出された物語というのは身に滲みる。
同時に自分一人で産み出したものではないことであるが故にこういったものができることの面白さが、たぶん最後まで現役だった理由でもあったのだろうなと思いました。
これだからこそ面白い!
2015/09/21
「黒澤明vs.ハリウッド」(2006)田草川弘
「黒澤明vs.ハリウッド『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて」(2006)田草川弘を読了。
諸説あったこの話をみつかった資料とインタヴューを元に再構成したものだが、思っていた以上にひとつの形になっていたな。
ハリウッド方式と黒澤明の映画制作に対する常識の違いと、当時の東映太秦のスタッフ事情、さらには黒澤プロじたいが最初から抱えていた問題点がぶつかり、ただ危機察知が早かったが故にフォックスからしてみればこの程度で済んだという話か。
まあそれ以前に『史上最大の作戦』の太平洋戦争版というコンセプトな時点で人選誤っていたのは事実だな。
この時期ハリウッドでよくあった複数の監督による作品に対しての認識が黒澤明にはまったくなかったり、そもそも契約の時点でハリウッド側に名編集者が二人も居て黒澤明作品における編集の重要性理解していないのは。
というよりは自分たちの経験が逆にコミュニケーションの妨げになったというパターンか。
黒澤明が用意した脚本版、見たかったなあ。
フォックスの目論見からは完全にズレたものだったけれど本当に黒澤明らしい作品になっただろうに。
個人的な黒澤明オールタイムベスト(裏)が『醜聞』な私としてはあのラストに至ってしまうあたりが大好きなのに。
次点で撮入した時点での脚本を当人がそのまま制作費を湯水のように使えていたらどうなっていたかだな。
まあその時の真相そのものよりも、もしもの話の方が興味の対象でした。
諸説あったこの話をみつかった資料とインタヴューを元に再構成したものだが、思っていた以上にひとつの形になっていたな。
ハリウッド方式と黒澤明の映画制作に対する常識の違いと、当時の東映太秦のスタッフ事情、さらには黒澤プロじたいが最初から抱えていた問題点がぶつかり、ただ危機察知が早かったが故にフォックスからしてみればこの程度で済んだという話か。
まあそれ以前に『史上最大の作戦』の太平洋戦争版というコンセプトな時点で人選誤っていたのは事実だな。
この時期ハリウッドでよくあった複数の監督による作品に対しての認識が黒澤明にはまったくなかったり、そもそも契約の時点でハリウッド側に名編集者が二人も居て黒澤明作品における編集の重要性理解していないのは。
というよりは自分たちの経験が逆にコミュニケーションの妨げになったというパターンか。
黒澤明が用意した脚本版、見たかったなあ。
フォックスの目論見からは完全にズレたものだったけれど本当に黒澤明らしい作品になっただろうに。
個人的な黒澤明オールタイムベスト(裏)が『醜聞』な私としてはあのラストに至ってしまうあたりが大好きなのに。
次点で撮入した時点での脚本を当人がそのまま制作費を湯水のように使えていたらどうなっていたかだな。
まあその時の真相そのものよりも、もしもの話の方が興味の対象でした。
2007/11/03
「複眼の映像 −私と黒澤明」
「複眼の映像 −私と黒澤明」を読みました。
実は本来この手の本はあまり読まない。
記憶にある限りでは「スカイウォーキング」と「メイキング・オブ・ブレードランナー」くらいじゃないかな。
しかしどうやら、『椿三十郎』のリメイク話でも再加熱しなかった黒澤熱が、どうやら『隠し砦…』リメイクで火がついてしまったらしい。
それとも、もうじき『椿…』が公開なのと、先日観てしまったドラマ版「天国と地獄」に触発されたのか。
この病気は昔かかったことがあり(ここにはいない)何人かの人に迷惑をかけたことがあるのでできるかぎり避けたかったのだが…。
それはさておき、まず脚本家橋本忍から観た脚本家黒澤明の創作の現場話としては非常に面白く、興味深かった。
ただ、かなり冷静に判断しているところも多い反面、そういう部分から急に飛躍して自分語りになってしまったり、想像を断定で書いているような雰囲気も見受けられ、なんと言うか『幻の湖』を観たときと同じ感覚…この人は脚本家としては素晴らしい人なのだが映画を撮るには不向きなんだなぁという感覚… を抱いてしまった。
読者の視点を分かっているように思えるにもかかわらず、たまに自分を制御できなくて暴走している…ように思えた。
まぁ私の視点も十分歪んでいるので他の人が見ればそんなにひっかからないのかもしれないが。
もっとも本文中でも自作『幻の湖』に対するコメントもあり、以前小國英雄に「(シナリオライターとしての)腕力の強さで(橋本忍に)かなう者は日本には誰もいない。しかし腕っ節が強すぎるから、無理なシチュエーションや不自然なシチュエーションを作る。成功すれば拍手喝采だが失敗する可能性の方が高いし遥かに大きい」と忠告されていたのに、出来た脚本がそうなってしまい自信が持てずあれこれ悩んでいるうちに制作準備が進んでしまい後に引けなくなりスタートした結果、脚本の無理が祟り作品の出来がもう一つになってしまったとあった。
あの状況に比べれば、本書は遥かに成功しているのだが、やはり本質的にはそういう傾向があった人なのだろうなぁ。橋本忍という人は。
ある意味、黒澤明をと橋本忍のふたりについていろいろ考える事が出来るお得な本でした。(まぁ副題が「私と黒澤明」だからタイトルに偽り無しか。(笑))
というわけで、今、手元には図書館から借りてきた「全集黒澤明」の第五巻があります。
掲載作品は『悪い奴ほどよく眠る』『用心棒』『椿三十郎』『天国と地獄』『赤ひげ』そして『暴走機関車』。
この中で、シナリオとして一番読みたいのはやはり『暴走機関車』。
ちなみに個人的に一番好きな『隠し砦の三悪人』は以前シナリオ本を古本屋で購入しており、裏ベストの『醜聞(スキャンダル)』は唯一老後の楽しみとして未見のままにしてある『生きる』と同じ巻にあるため、まだ借りるのを躊躇しています。(読まなきゃいいんだけれどね。)
いや、本当にシナリオとして読みたいのは『醜聞』と『酔いどれ天使』。
どちらも、前者が三船敏郎、後者が志村喬の演技に引っ張られて話が変わってしまったと言われている作品なので、その話が本当なのか、元の話が本当はどうだったかを観てみたい気がします。
まぁまずはその前に第五巻だな。
実は本来この手の本はあまり読まない。
記憶にある限りでは「スカイウォーキング」と「メイキング・オブ・ブレードランナー」くらいじゃないかな。
しかしどうやら、『椿三十郎』のリメイク話でも再加熱しなかった黒澤熱が、どうやら『隠し砦…』リメイクで火がついてしまったらしい。
それとも、もうじき『椿…』が公開なのと、先日観てしまったドラマ版「天国と地獄」に触発されたのか。
この病気は昔かかったことがあり(ここにはいない)何人かの人に迷惑をかけたことがあるのでできるかぎり避けたかったのだが…。
それはさておき、まず脚本家橋本忍から観た脚本家黒澤明の創作の現場話としては非常に面白く、興味深かった。
ただ、かなり冷静に判断しているところも多い反面、そういう部分から急に飛躍して自分語りになってしまったり、想像を断定で書いているような雰囲気も見受けられ、なんと言うか『幻の湖』を観たときと同じ感覚…この人は脚本家としては素晴らしい人なのだが映画を撮るには不向きなんだなぁという感覚… を抱いてしまった。
読者の視点を分かっているように思えるにもかかわらず、たまに自分を制御できなくて暴走している…ように思えた。
まぁ私の視点も十分歪んでいるので他の人が見ればそんなにひっかからないのかもしれないが。
もっとも本文中でも自作『幻の湖』に対するコメントもあり、以前小國英雄に「(シナリオライターとしての)腕力の強さで(橋本忍に)かなう者は日本には誰もいない。しかし腕っ節が強すぎるから、無理なシチュエーションや不自然なシチュエーションを作る。成功すれば拍手喝采だが失敗する可能性の方が高いし遥かに大きい」と忠告されていたのに、出来た脚本がそうなってしまい自信が持てずあれこれ悩んでいるうちに制作準備が進んでしまい後に引けなくなりスタートした結果、脚本の無理が祟り作品の出来がもう一つになってしまったとあった。
あの状況に比べれば、本書は遥かに成功しているのだが、やはり本質的にはそういう傾向があった人なのだろうなぁ。橋本忍という人は。
ある意味、黒澤明をと橋本忍のふたりについていろいろ考える事が出来るお得な本でした。(まぁ副題が「私と黒澤明」だからタイトルに偽り無しか。(笑))
というわけで、今、手元には図書館から借りてきた「全集黒澤明」の第五巻があります。
掲載作品は『悪い奴ほどよく眠る』『用心棒』『椿三十郎』『天国と地獄』『赤ひげ』そして『暴走機関車』。
この中で、シナリオとして一番読みたいのはやはり『暴走機関車』。
ちなみに個人的に一番好きな『隠し砦の三悪人』は以前シナリオ本を古本屋で購入しており、裏ベストの『醜聞(スキャンダル)』は唯一老後の楽しみとして未見のままにしてある『生きる』と同じ巻にあるため、まだ借りるのを躊躇しています。(読まなきゃいいんだけれどね。)
いや、本当にシナリオとして読みたいのは『醜聞』と『酔いどれ天使』。
どちらも、前者が三船敏郎、後者が志村喬の演技に引っ張られて話が変わってしまったと言われている作品なので、その話が本当なのか、元の話が本当はどうだったかを観てみたい気がします。
まぁまずはその前に第五巻だな。
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