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2021/11/28

演劇ユニット金の蜥蜴第15回公演「砧」(2021)

 演劇ユニット金の蜥蜴第15回公演「砧」(2021)

(2021/11/3-7 中野BONBON)

(2021/11/28 アーカイブ配信版視聴)

良い導入だなあ。

人が増えてこちらから見えない風景が切り替わり、旅の僧の誘導で一気に賑やかな回想へと切り替わる。

言葉の意味が向きを変えたりそういった細かい気づきがテンポ良く入ってくる。

どちらとも取れる間や台詞回しを交えつつも基本線は誠実なんだな。

で、そこら辺がクリアになった所でここからが物語の始まりなんだな。

そこから先は各々の思い、たっぷりの砧の舞や唄に浸り、堪能させていただきました。

登場人物も少ない分、密度もいつにも増して濃いなあと感じだし、場面場面もたっぷり時間をかけて。

最後の砧の使い方、とても良かった。そう来たか。

さて、アーカイブ配信という形で観たのは初めてでしたが、とても観やすかった。

強いて言えば冒頭の音に混じったノイズがきになったくらいで本編始まってからはそういったこともなく、画面の切り替わりも変に寄ったりとかいった事もせずに最後まで距離があったのは良かったと思います。

気持ち的にはこの時の表情がちゃんと見たいという場面もあったけれど、それを寄りにされると別の意図が出てきちゃうからやだなあというのがこうやって体験してみてわかった事かな。

次はまた生で観たいな。

2020/01/25

演劇ユニット金の蜥蜴 第十五回公演「一角仙人」2020/01/25昼の回中野ザ・ポケット

演劇ユニット金の蜥蜴 第十五回公演「一角仙人」2020/01/25昼の回中野ザ・ポケット
これはまた面白い事を。
キャラクターの配置の仕方とか、役割分担がけっこう立体的で面白い上に各々が登場間もない状態でそのキャラをすぐ把握できるのが良い。
結果として話そのものに集中できるしその内容も濃く出来るからテンポよく話が進んでいくという心地よさよ。
その上例えば天の岩戸の能に入るタイミングとか決め方がまた上手い。
冒頭の殺陣をまさかその為に使うとは思わなかった。
簡潔に台詞のみでもというパターンも出来ただろうにそれをこんなルーティンで記憶に植え付けるとはまた大変なことを。
神の力の使い方も見事だったな。
あんな形で一つに集結させるだなんてそりゃ神が登場人物にいなきゃできないよね。
こういった使えるものはなんでもぶち込んでくるあたりも好きだ。
そんな感じで余白がある話であるが故の総力戦感をしっかり楽しませてもらいました。面白かった。

2019/08/11

多摩ニュータウン×演劇プロジェクト第二弾『まちまち』

多摩ニュータウン×演劇プロジェクト第二弾『まちまち』2019/08/11昼の回at パルテノン多摩小ホール 
第一弾『たまたま』に引き続いての縁あっての鑑賞。 
丸二年経ったのか。
今回もとても面白かった。
前回よりも、よりワークショップ色が強くなったかな。
前回があったということもあるのだろうが客席側も物語の延長線上の人達で構成されているのは判っていたから今回は始まる前から作品世界に入ることができた。
というところからさらっと始まるオープニング。
それは街の音というか雑多な生活音から。
続いてのモノローグ。今回はこの形でこの多摩ニュータウンという街を描いていくのかなと思ったら、そらは半分辺りで半分外れだった。
時には複数の人の歴史を同時に進行させたり、かと思えば過去の思い出だったり、今だったり。
形を変えてそれぞれのエピソードが紡がれていく。
不規則のようでいて一つの流れがあり、緩急入り混じって進んでいく話の一つ一つをうまく混ぜ合わせお父さんになったりお母さんになったり木が人になったりなどなど、演劇ならではの良い意味でのいい加減さも心地よい。
ちらっとだけ前作のキャラクターも出て来たな。そしてこの雑多さ加減が最後に未来の多摩ニュータウンとして描かれる。
それは今まで描かれて来た様々なものの延長線にあるひとつの話。
最後にオープニングの生活音はひとつの音楽を奏でる道具と化して終わる。
街はまだ続いていく。色々なものを孕んだまま。
自分に置き換えてみたり第三者的な視点に立ったり。
見事にまとめ上げられていました。

2019/05/05

舞台『やがて君になる』 (2019年5月5日 全労済ホールスペース・ゼロ)

舞台『やがて君になる』
(2019年5月5日 全労済ホールスペース・ゼロ)




アニメがとても気に入って原作に手を付け、ハマった末の舞台。
題材に舞台が大きく関わっていると言うことで舞台との相性は良さそうだなと思っていたのだが、劇団東京都鈴木区の演出家鈴木智晴が脚本演出というのも前から気にはなっていた人なのでというのが最後の後押しになったかな。
(以降は鑑賞後に追記)
さて、あの作品をどう2時間にまとめて、そしてどこまで描くのだろうかなと思っていたのだが、そう来たか。
上手く色々なものを整理してまとめたなあ。
これだけだとそれぞれの意味は当然変わってしまうのだが原作を知っている人向けに割り切ってシーンを描ききる事に費やされていたかな。
君にふれてをあそこにぶち込んできたのは面白かったなあ。少し鳥肌たった。
好きな曲なだけに余計にね。
そして舞台が近づいたところで今までのわりとフラットな芝居からちょこっとだけより芝居的な演出を入れ始め、これからだよとエクスキューズを入れたところで劇中劇であった舞台が今現実に目の前で繰り広げられるという至福の時間が。
学生劇ということで途中まではBGMも入れずスポットなども使い始めてとてもらしいのが良いなあ。
原作よりちょっとだけさらっとまとめたところがあったのだけれどたしかにここはさらっと流した方が芝居としてはメリハリついて良い感じだったな。
原作は原作で重要な部分なのでしっかり描かれていたのは良かったのだけれどね。
そして話は進んでいき単行本の更にその先へ。まとめるとすればそうなるか。最後は再び君にふれてが流れて終わり。
キャスト挨拶が終わり最後に二人が手をつないでヘクトパスカルで締めたのは嬉しかったな。
さて、やはりアニメ化された作品ということで台詞回しなんかは既にしっかり耳に残った状態での舞台と言う所をどうしてくるのかなと思っていたのですが、特に燈子は寿美菜子
そのままの回しが多かったかな。まあそれが正解だと思っているので正直嬉しかった。
全体的に早い展開の中で槇くんと堂島の二人が少し余裕を持った演技をしているのが良い感じのアクセントになっていて良かった。
さあて残すは原作最終巻だなあ。
あと約半年後が楽しみです。

(更に追記)
う~~ん。上手く言えていないなあ。
この作品、あくまでも私見だがこんな感じだったと思っている。
・劇中劇がメイン。
・ただしそれだけではなくそこに至るまでを同じ役者が演じたことで、劇中劇に入った瞬間に観客達(観ている私達)はその劇を見る観客として劇中の登場人物化しているとより錯覚させられる。
・実際、劇中劇が終わった瞬間に自分達は観客という名の演者として拍手すべきかどうか悩まされた。
あまり数多く芝居を見ている人間では無いので、これが他の一般的な劇中劇での手法かどうかは知らない。
ただそういう意味でこの芝居はよりその場で見ることに意味がある芝居となっていると強く思った。
よりその場で体験することに意味のある芝居と言う事で実際それを体験できて良かったと思う。ホント、面白いことを考えるなあ。

更についでに言うと、
・劇中劇の終了のその後を描くことで、劇中劇以前の彼女達にも意味があったと言っているようにも思える。
・それは劇中で侑が燈子に伝えたかったことの様にも思え、ここでも芝居と現実の境界線を曖昧にすることに成功している。

そうそう、踏切や侑の部屋でのキスシーンになるとわかり易く会場の空気が変わるのが面白かったな。
それは都さんたちのも同じことで。

各キャラの身長差も割と再現されていてよかったな。
一部足元に秘密がありそうな子達もいたが。
それ以外の体格差に関しても...。

2019/02/17

演劇ユニット金の蜥蜴第14回公演「荊姫-いばらひめ-」感想の続き。

演劇ユニット金の蜥蜴第14回公演「荊姫-いばらひめ-」at 築地本願寺ブディストホール

一晩経っての感想の続き。

以下は勘違いもあるかも知れないのでその妄想含めての話として受け取ってもらえれば。
多分今回の第一のポイントは舞台を使いやすくした事で舞台上の役者の配置がしやすくなったことかな。
そのおかげで役者の出入りやら場面の転換も整理されたように思う。
暗転の使い方や長さも良かった。しっかり時間を取ることと、ちゃんと暗くなることで客席の方も含めて落ち着く時間が取れたように思う。
タイトルの出し方のあたりなんかはもう少し小さな箱でやっていた頃の雰囲気を思い出せて懐かしかった。あれでこれから見せてもらえるものが何なのかを思い出させてもらったし、実際に初期の頃のもう少し範囲を絞られた小さな話にまとめ直されていたように思いう。
式神の誕生に始まり最後その式神と荊姫が物語が語られていた舞台を感慨深げに見つめるところで終えているところも良かったな。その意味合いは違うところもあるのだが、ついこの間最終回だった「HUGっと!プリキュア」が同じ構造だったので個人的にはツボでした。
個人的にはと言うところで言えば博雅の最後のシーン、彼の烏帽子と荊姫の影が同じ高さだったのが良かったな。こういう細かい演出も好きです。

2019/02/16

演劇ユニット金の蜥蜴第14回公演「荊姫-いばらひめ-」at築地本願寺ブディストホール

演劇ユニット金の蜥蜴第14回公演「荊姫-いばらひめ-」at 築地本願寺ブディストホール

演劇ユニット金の蜥蜴第14回公演「荊姫-いばらひめ-」の2019/02/16昼の回を観てきました。
2013年の第八回として行われた同作の再演。
日記を見ると2013/02/16昼の回を観ていたようだ。おお、私、絶賛している。
そんな感じで事前に昔の日記を読み直したりしての感想。
やはり見始めると色々思い出してくるなあ。
これは確かではないけれど以前と比べて舞台を広く使えてるのかな?
柳の木の位置を舞台袖に移動した?
おかげで広く使えている分舞台を広く使えているのと、もしかしたら再演ということもあってか以前より整理されて、結果としてとても見やすくなったように思いました。
ただし、それはまったく同じ理由で以前感じた詰め込んでいる感が減った分勢いで押し切って来たものが少し弱くなったかなとも感じました。
これはファーストインパクトとうらはらなものでもあるのでどちらが好みかというのもある一方で、再演として今回見られたからこそどちらも見ることが出来たということもできる。
いずれにせよ再演というものが同一公演期間での変化を見るとはまた違った貴重な体験をさせてくれるということを改めて思い出させてもらいました。
で、今回役者というか役柄として特に良かったと感じたのは晴明。
あの物語に自然にスッと入ってくる所はとても晴明らしくて良かった。
そして物語にスッと入ってくると言えば物部保人。おいしい役柄とはいえその存在感ならではというところもあったかな。
楽しませていただきました。

2018/02/17

演劇ユニット金の蜥蜴第十三回公演「葵上—源氏物語より—」(2018年2月17日)

演劇ユニット金の蜥蜴第十三回公演「葵上-源氏物語より-」(2018年2月17日)

(2018/02/17記) 演劇ユニット金の蜥蜴第十三回公演「葵上-源氏物語より-」(2018/2/17昼の回)を鑑賞。 (築地本願寺ブディストホール)

前回、いや前々回となるのか、に引き続いての源氏物語が題材。
今回もというと少々語弊があるかも知れないが、光源氏のキャラクター造形の勝利だったなぁ。
葵上や六条御息所に対する彼の距離の取り方狭め方というのがなんとも言えず絶妙でした。ある意味宇宙人的な立ち位置と言うか。
話はズレるが映画『スターマン』の彼に通じる所があるかもしれない。
重心がどこにあるのか、当人も含めて誰も読めないし、心がないのだけれど心がこもっていないというのではないんだよなあ。
そこに惹かれ、忌む周りの女性達という構図が見事でした。
無知に見えることを承知で言えば落とし所としてはちょっとベタかなとは思いましたが、そこはそれしかなかったのかな。偉そうなことを言っていますが私の源氏物語に対する知識なんてこんなものです。
演出と言うか舞台装置的なところで言えば、寝屋の暗転による舞台転換が毎回秀逸でした。
それがリズムになってスイッチとなっていくところまで含めて見事でした。

2017/08/05

多摩ニュータウン×演劇プロジェクト『たまたま』

多摩ニュータウン×演劇プロジェクト『たまたま』 2017/08/05 at パルテノン多摩小ホール
縁あっての鑑賞。
非常に面白かった。
テーマに則って集まった素材がここまで見事に構成されているとは。
時間と空間を再構成するための根幹をなすものがまず見事だったし、余計な説明を一切せずシームレスに進んでいく様も見事。
そして最後に何故この物語がこの構成を取ったのかの種明かしがされ、物語は冒頭に戻る。
冒頭の雑然に実は意味があったことは物語が進むにつれ分かっていく。
そこに至る物語として。
語られる話はこの土地に関するものであるが、それはこの土地に限らず同じ時代を生きた者が多かれ少なかれ持つ物語でもある。
かつ、受けとる人それぞれが持つものによって受け取り方が違うものであるということを理解した上で提示されているので余計なものはついていない。
そのバランスがとても良い。
さて、彼女が泣いた意味でも色々妄想してみるかな。

2016/09/04

SINGEN〜戦国シェイクスピア

ああ、本来この作品はもっと大きな場所を想定して作られたものなんだなと思ったのが冒頭。
その後も機能している部分はあれど少々手狭に感じる箇所も多かった。
そして、たぶんシーンシーンが先にイメージが出来ていて、パートパートは映えるシーンも多く、とても分かりやすいのだが、逆にそれにとらわれすぎてひとつの話として成立させる上で放棄していることも目立つ。
個人的には一番の元凶だと思った人間がいけしゃーしゃーと悲劇のヒロイン然と芝居をされた時に少々耐えられなかった。
気持ちは分からんでもないがお前が言うなと。
で、クライマックスは今までのハムレットのくびきから逃れて違う話に。
そこはそうしたいんだ。
という感じで、本当にカットカットは役者も演出も言うことないのだけれど、やりたいことだけやって終わられた感が強くてなんとも言えなかった。
ホント惜しいよな。

2016/02/21

演劇ユニット金の蜥蜴第十一回公演「月花抄—光源氏の章—」

演劇ユニット金の蜥蜴第十一回公演「月花抄—光源氏の章—」(2016/2/21昼の回)を鑑賞。(築地本願寺ブディストホール)

能のお題と舞を小劇場の芝居に取りこんでのこのユニットの公演も11回目。
うち9回見てきたことになるのだが、そういう目で観て「源氏物語」という題材は異質なものなんだなという認識を新たにしました。

異質、もしくは特別。

ううん、もしくは時代を間違えて生まれてきてしまったものというか、最古のものとして遺った物語だけはあるというか。

ある意味、これが華があるというものなんだな。


さて。

前半はかなり詰まっていたのだけれど、それを淀みなくテンポ良く。
そして最後にじっくりと。
意味深なフェードアウトも多く、どれも効果的でこれも良いテンポで。

それがまたとてもらしくて。

ひたすら詰まったものだったというのもあって、ちょっと台詞トチリは多めだったとは思うけれど、それでもこの密度だもの。満足させていただきました。
まあ台詞回しの圧巻は最後アクシデントがあったにも関わらず淀みなく最後まで進めたところとなってしまったのは良かったのかというのはあるけれど。



全体的に観て女性視点なんだなとも思った。
女性陣だけではなく光源氏も頭の中将、帝に至るまで、女性の思い描くものなのだろうなと強く感じた。
ここらへんは違和感というよりはとてもユニークに思えた。
原作が故というのもたぶんにあるのだろうな。


舞台装置も良かった。
音の配置で面白いこともやっていたな。

音楽の付け方も「ああ、これが正しいんだな」と思った。
まあひたすらな会話劇というのもあるかもしれないが、これは音楽の少なさが心地よい。
映像作品でもこういった作品は音楽少なめのほうが映えるんだよなあというのは閑話休題。


そしてそんな中で始まる能の自然さ。

会話自体もある意味短歌で存在する物を現代語訳したかのようなはまり具合の中での能なので違和感も無い。


で、光源氏や取り巻く人たちなのだが、ある意味感情移入をさせないというか拒んでいる感じなのが良いな。

自分、そして各々の行動基準が違うことに対して、今に寄せたり理屈をつけたりせずにただそこにある感じなのは、ある意味時代に囚われていない能などの伝承によるものが多いのか。


それでいてこれだけ人間臭いからこそ周りから観て魅力的にみえるのだろうなという肝の部分がしっかりできているからこそ面白かったのだろうな。


楽しませていただきました。

2015/02/20

演劇ユニット金の蜥蜴「恋桜」

演劇ユニット金の蜥蜴第十回公演「恋桜」の2015/2/19夜の回を鑑賞しました。

冒頭から終始一貫してのテンポ良い台詞回し。

バラバラな物語が一つにまとまっていく過程。

そして役者達の年齢の幅が広がったことにより醸し出される深みが相まって、とても良い感じに仕上がっていました。
なんと言えば良いのかな。
昔はあった危うさが良い意味で無くなったというか。
小劇場的な自分たちだけのような空気も既に無くなったし、ホント良い感じになってきたな。


話戻ってバラバラに見える話がまとまっていく過程は、その判らない時点での必要以上の説明的な描写や台詞を一切避けているあたりが、ある種のじらしと想像心を掻き立てられて、それがまたテンポの良い台詞や心地良い雰囲気と相まって良い相乗効果を出していました。

そしてその果てが、純粋な王道な愛の告白だものな。
いやぁホントドキッとしたわ。
ああ、この物語はここに落ちるのかと。

いや素晴らしい。


但し、それが故に最後がやや消化不良になっているようにみえるのが残念だったかな。

意図は判るのだけれど、もうこちらとしては全てが絡み合うシーンを期待しちゃっているので、付随しておきた第二の結末が第一の結末とやや離れてしまったように感じたのが。

もしかしたら映像作品であればもう少し連続して観れたのかな。
話としては分かりやすくなっているし、ならばどうすればよいのかというのは思いつかないのだが。


まあそれでも、楽しませていただきました。

2014/02/23

舞台「銀河英雄伝説第四章後篇激突」( 2014/2/22 at 青山劇場)

舞台「銀河英雄伝説 第四章 後篇 激突」を観てきました。(2014/2/22 at 青山劇場)

前編に引き続いての鑑賞。
舞台としてのこのシリーズはこれで一段落するとのことで、演出は映画監督の崔洋一。

青山劇場に来たのは広末涼子が後に妊娠中だったと判明した時の「飛龍伝」が最後だったと思うので実に10年以上ぶり。来年末には閉館との話もあるのでこれが最後になってしまうのかな。

その劇場内は見える限りでは満席に近い状態。
そして相変わらずの圧倒的女子率。
何か馴れてきたけど。


で、上映前のロビーではアンサンブルによる作品世界の各地域でのパフォーマンスやツアーガイドと言った形で開演前から既にいろいろ始まってました。
こういうのって良いな。

さらに、2幕めの開始の鐘の際に前述の崔監督が客席付近に現れるというサプライズもありました。


さて、本編。

いややっぱり面白いわ。

前編とは違うアプローチには最初少々戸惑った。
ある意味一番芝居っぽい舞台装置の使い方とか、舞台いっぱいに作られた状況での話のクローズアップの仕方が、芝居っぽいメリハリをつけず、台詞を頼りに探させるところとか。
建造物自体も今までより背が高いのか後ろにプロジェクションされる映像が見づらいのが気になったりとか。

そして、彼らの物語は核となる話を中心に進めていくという形ではなく、様々な場所にスポットを当てるという形で紡がれていく。

そんなある意味シンプルでフラットなのが崔さんの演出プランだったのかな。
ある意味映画現場的な演出と言えるのかな。

そんな中、今回のタイトルにもある様に様々な激突が繰り返される。

ラインハルトとヤンの激突という到達点に向けて。

そしてさらに、ああ、ここで終わるのか、というところへ向けて。



さあて、次は再アニメ化かあ。

どういう形になるのだろうなあ。
楽しみです。

2014/02/15

演劇ユニット金の蜥蜴「コヒモトメム」(2014/02/15 at 築地本願寺ブディストホール)

演劇ユニット 金の蜥蜴の第九回公演「コヒモトメム」を観てきました。
(2014/02/15 at 築地本願寺 ブディストホール)

ベースとなっているのは能楽の「求塚」。

まず、今回は能の謡の部分はさらっとという感じで舞の方もどうだったんだろう。

従来のように見せ場としてじっくりとという感じではなかったように思う。


その代わりと言っては何だけれど、題材が題材だけに古き良き時代の日本映画の匂いがぷんぷんする作品でした。

それはイコール日本の伝統芸能の影響を色濃く残しているということであり、個人的にはぐるっと一回りしている感じでとても心地良かった。

何よりも小夜と古丸そしてあざめの使い方が良い。
これで情念だけでなく無垢の狂気が加わって結果最初から最後まで舞台上を常にざわつかせることが出来てる。
いや、常に猥雑で力強いエネルギーを舞台上に保たせることに成功してる。
もうこれぞかつての日本映画が持っていたエネルギーでしょう。

もうこれだけでも十分だよ。

そして、伊太知の無責任な一言が崩壊の引き金になるあたりもいいなあ。これだよこれ。

こういう縁取りがしっかりした上で成り立つ七人七様の話はシンプルだけれど常に不穏なものに包まれていて良かったです。

これは何言ってるんだか意味不明だな。〉私(^^;


ホント思わず、常に画面に叩きつけられるように描かれるモノクロの世界を観ているような気がしたよ。

楽しませていただきました。

2013/12/02

「舞台 銀河英雄伝説 第四章前篇 激突前夜」(2013/12/1東京国際フォーラムホールC)

「舞台 銀河英雄伝説 第四章前篇 激突前夜」を鑑賞してきました。(2013/12/1東京国際フォーラムホールC)


前回の「初陣 もうひとつの敵」は生で観て、「第二章」は前日にニコ生のタイムシフトで観ての鑑賞でしたが、役者が所々変わっていたり、さらにはまったく違う役柄で出ていたりとそれだけでも楽しめるものでしたが、今回も愛情詰まった作品でした。

群舞の話は聞いていたのだけれど何かなと思ったら今回はアルテミスの12機の女神でした。

ヤンの考え方の象徴的なエピソードだし、それをドラマチックな幕開けに使ってきたのはなかなか良かったと思う。

そしてここからはフェザーンの掌の上で踊ることになるヤンとラインハルト。

イゼルローンの対要塞戦というまた凄い見せ場が今回の山場となるのですが、第二章でのラップとヤンのやりとり以上に記憶の中のキルヒとやりとりするラインハルトは痛々しく、そしてそんなラインハルトを本質的に理解しているのはオーベルシュタインのみという状況をうまく表していたように思います。

そうそう、今回も広い舞台を生かした多元中継的な演出も第二章以上に効果的に多用されてました。
このホールCの天井の高さを生かしたプロジェクションの演出も良かったな。
そういった空間の使い方で言えば客席まで使った演出が舞台と客席を繋げる意図を持って行われているあたりも良かったな。
そのまま敵味方、いや各鑑入り乱れての戦闘状況に繋げたあたり。

さて、キャストでいえば第二章のシェーンコップのほうがアニメ版のイメージとあってたかなとも思ったけれど、いやアクションパートに入ったらそのガタイのでかさがうまく生かされてて、ああこっちのほうが合うなといった感じ。

第二章でシトレだった西岡徳馬が今回はルヴィンスキーということで最初どうなるかと思ったらさすが何の問題もなかったな。

まあそのほかもオーベルシュタインだったり綺麗どころの二人だったりイゼルローンの面々やユリアンに至るまで皆合っていたように思いました。

あれ?ユリアンの子って第二章と同じ?
だとしたら随分と上達したんだな。これなら問題ないや。
そして、ラインハルトも初陣の時にはまだ見えていた危うさは無くなっていたな。
これならもう大丈夫かな。

さて、河村ヤンは今回は最後の歌パートに入るまでちゃんとヤンしていたな。

あれにあともう少し本質的な優しさや包容力が加わると富山ヤンまで行けるのだが、まあそこは。


さて、話はそれぞれの思惑の中ついにラインハルトの本格的なターンに。


後半が楽しみです。

2013/11/30

舞台 「銀河英雄伝説 第二章|自由惑星同盟篇」

舞台 「銀河英雄伝説 第二章|自由惑星同盟篇」(2012/4/14-2012/4/22東京国際フォーラムホールC)をニコ生配信タイムシフト視聴でようやく観ました。

11月に入ってからの毎週、過去の作品を配信していたのは知っていたのですがホントようやくこれだけとなってしまった。

話の中核になるのは「第7次イゼルローン攻防戦」。(アスターテ会戦が一部入ってくる)
これにヤンと回想の中のラップそしてジェシカを交えて物語は進んでいく。
いや、ラップやジェシカを交えての回想はごく一部分ではあるがヤンの心情を表す上の要素としてポイントポイントに入ってくる。

この部分やイゼルローン攻防戦での敵味方入り乱れてのやりとりのカットバック的な場面転換がとてもテンポが良くて心地よい。


冒頭、群舞的なものやラップ(not人名)が出てきた時にはこの期もこれが続くのかとちょっとドキドキしたが、あくまでも導入の説明のために使われただけで、先日日本青年館で観た「初陣 もうひとつの敵」同様に最初はこれやや詰め込み過ぎじゃないかと思ったがそれは導入のみで後はほぼストレート・プレイだった。(まぁいくつかのシーンの説明のために踊りは存在したが)

で、1番心配していた河村ヤンだったが、あ、これもありかなと思った。少しだけ、というかごく一部だけ暗記した台詞を並べているだけなところがあったが、それを除けば全体を見渡してもそこらへんが怪しいのはユリアンだけだったし安心してみることが出来た。

そしてまぁここまでできていれば、後はもうこの物語を最後まで知っていながら見ていればその分加味していろいろな妄想を馳せながら見ることのできるものとなっていました。

やっぱりいろいろと感慨深くなるよ。
第7次イゼルローン攻防戦なんて、作戦そのものは実はけっこうあっさりしていたのだが、記憶の中の原作だったりアニメだったりが込み込みで頭のなかを駆け巡れば、もうお腹いっぱいな分量になっている。

ましてやホントにこの作品のことが好きな人達にとってはそれ以上いろいろとあったんじゃないかと思う。

前述したヤンの記憶の中のラップと現実と記憶と両方に存在するジェシカ。ここの切り替わりはホント良かった。
彼女と出会うたびに思い出すラップと3人で過ごした時との関係の変化や、ヤンがラップを思い出すたびに今回は出ないラインハルトとキルヒアイスの関係をも思い出させてといった部分やらもういろいろ。(うまく言えていないな)




さあて予習もしたし、明日は第四章の前篇だ。
楽しみだなぁ。

2013/08/05

舞台「銀河英雄伝説初陣もうひとつの敵」(2013/8/4日本青年館)

舞台「銀河英雄伝説 初陣 もうひとつの敵」を鑑賞してきました。(2013/8/4 日本青年館 マチネー)

まず、劇場内がまさかここまでの圧倒的な女子率だとは実際に足を運んでみるまで思ってもみませんでした。
体感で20対1から30対1くらい。
そして原作ファン(アニメからのファン含む)と役者のファンがいい感じに混ざり合ってバラエティな客層になってるのが良かった。
日曜のマチネーというのもあったのかもしれないがほぼ満席。


と、そんな中での観劇でしたが面白かった。


舞台版が初だったせいもあるねだろうけれど、冒頭のラインハルトとキルヒアイスのシーンでちょっと不安に感じたりもしたんですよ。
ある程度イメージの固まっているものが違う形で出てきたときの違和感のようなもの。

直立して二人で並んでの会話なのだけれど手持ち無沙汰に見えてしまって。

そしてさらに、時代が4年前に飛び、さらに1年前に飛び。
結構ここからが見たいんだってところがあっさり言葉だけで終わってしまったり。

ただし、時代を遡ることで時間軸を広げたのも、いくつのもエピソードを重ね合わせたのも、メインではない自由同盟側のエピソードを1シーンの中で同時に描いたりしているのも、舞台どころか客席の一部までも所狭しと使っているところも、複数のプロジェクターとスクリーンを役者の演技を重ね合わせているのも、ああ、これはすべて「歴史を編んでいる」ことを表現してるんだなということが見えてきて、そしてそれが噛み合ってきているように感じてからはホント面白かった。

何故これらのエピソードをまとめたのかというのも実は一本のラインがあって、さらにはそれを通じてラインハルトとキルヒアイス、ミッターマイヤーとロイエンタール、そしてさらにはヤンといろいろな形で繋がっていく様となるのがまた良かった。

そうそう冒頭不安に感じたラインハルトとキルヒは殺陣の見栄えが凄く良かったな。
ミッターマイヤー、ロイエンタール組と入り乱れての時などは特にそう感じた。

けして後者が上手くはないということはないのだけれど、ある意味二組の息があってるのかなと感じたりもしました。

で、キャストでいえば広田レオナが見たかったというのは元々あったのだけれど、むしろ初見のアンネローゼ役の子やらヤン役の田中圭の役とのマッチングにびっくりした。
もちろんその広田レオナは言うことなしでしたが。

そういった意味でキャストは外れ無しで特徴捉えていたんじゃないか?


で、そうなるとああ続きも観たくなるじゃないですか

って絶妙なところで終わったな。

結局ヴェーネミュンデ侯爵夫人との一件は終焉したのだけれど、ここからだよな。
第5次イゼルローン要塞攻略戦は失敗に終わったけれど次だよな。
ミッターマイヤーとロイゼンタールもようやくラインハルトとの関係が始まったばかりだし。
みたいな未来への予告がいっぱい詰まったところで終わりなんだよなあ。

これはもう次もというところがホント憎い。


といった感じでこの作品の魅力をちゃんと判った上で作られているのが何よりも良かった。

まずはそこが基本ですものね。


うん、読み直したくなってる。

2013/02/16

演劇ユニット金の蜥蜴第八回公演「荊姫-いばらひめ-」at 築地本願寺ブディストホール

演劇ユニット金の蜥蜴第八回公演「荊姫-いばらひめ-」の2013/02/16昼の回を観てきました。

前回の同ユニットの公演は予定がギリギリまで決められずチケット取れずに断念したが、今回は無事鑑賞。


いやあ面白かった。

私が観劇自体久々のせいかもしれないが、かなり早めのテンポで会話が進んでいくのでもしかしたら話を切ることが出来ずに詰め込んだのではないかと感じていたが話に集中し出すとさほど気にならなくなる。
そしてあるタイミングでリズムが一変してゆっくりと時間が流れ出した時、今までのテンポがそこで昇華した事を知る。
その話のテンポもそうだが、博雅が舞台で声を発した時、明らかに今までと違う音が耳に入ってくることでそれまでの混乱が一変するのだ。

ああ何かこれだけでも見に来て良かった。

もちろんそれまでの各キャラクタの立ち居振る舞いややり取り、特に晴明のそれだったり対する二人の息子との違いとか女性陣の掛け合いや物部保人が変える空気なども気に入っている上での事だ。

あとそうそう、妖しである荊の姫に対して、見え聞こえる者と見えはせぬが聞こえぬ者、そして見えも聞こえもせぬ者という三者を放り込んだシチュエーションには、それが成立したと気づいた途端にホントワクワクしたよ。
そしてそのワクワクに対して十分に答えてくれた事がとても嬉しかった。

荊の姫や沓子、そしてたぶん信子が感じていたであろうことに対して結局は答えを出さなかったことに関しては、個人的には晴明が話しそうな内容を少々期待していたのだが、一方もっとも相応しい人は今回の当事者たる博雅であり、となるとと彼の口からはその台詞は出てはいけないのでまあ難しいな。


さて、そして今回の能パートとの融合の部分だがたぶん今までで一番良かったのではないかな。

能の舞がそのままで周りの役者とのリアクションで芝居が成立しているという状況がとても自然だったように思う。

今まで模索していたという感じだったのがようやく答えの一つを見つけたという感じかな。


そんな訳で今回は観に行けて本当に良かったよ。

2007/09/02

「柘榴ノ森」演劇ユニット金の蜥蜴公演

本日は久々の観劇。
ということで、演劇ユニット金の蜥蜴公演「柘榴ノ森(ざくろの
もり)」を観てきました。(2007.9.2 at 神楽坂die platz)

今回は、ざっくりといえばテイストとしては二回目の公演の「赤
月夜」、展開としては三回目公演の「うなさかのうた」という感
じで、プラス、夏らしくホラーというかテラーっぽい感じな作品
でした。

最初、今までの公演の刷り込みがあったせいか現代劇(近代劇?)
な始まり方に軽い驚き。(おお、そう来たかという感じの。)
ただ、時代設定が本当に現代なのかそれともある程度昔の話なのか
服装コードでとまどってしまった感あり。
回想がたぶんある程度少し昔であろう事は、台詞の一部(メイン
の話に「車の中にアンパンが」のくだりがあるのに対し「米国」
という言い方を回想ではしているので)から想像できたのだけれ
ど、ここらへんも服装コードを明確に分けることでもう少しはっ
きりしたのかなと。
もしくはいっそのこと回想も同じ時制の圏内(例えば現代)にし
てしまったほうが都市伝説的な雰囲気が出て良かったかも。
もしくは50年以上の単位での時間差が。
まぁわざと曖昧にしたのかもしれないけれど、あくまでも個人的な
好みという事で。

後は、「能」的な部分が(全体が短いという意味では比率として
は同じくらいなのかもしれないが)今までと比べてインパクトが
少なかったのが少し残念か。


とはいいつつも、ハーフスクリーンの使い方や生琵琶などは良かっ
たし、話の構成、展開、というよりは脚本としてとても気に入り
ました。
暗転ークライマックスー暗転のくだりは、それまでの展開で予想は
できていたも鳥肌ものでしたし、ここに落としたかという意味で
もうまいなと思いました。
惜しむらくは、芝居としての練り込みが足りないように見えた事。
もっと練り込んでいけば、もっと面白いものになりそうなものが
見えているだけに。


そういう意味で再演希望ですな。