2007/12/02

『椿三十郎』(2007)

森田芳光によるリメイク版『椿三十郎』を観ました。
(2007/12/01 at TOHOシネマズ六本木ヒルズ スクリーン7)


黒澤明によるオリジナルを観たのは、既に何十回の領域に入っているだろうなぁ。
一時期に集中して何度も観ているようなことは無いけれど、『用心棒』などとはうって変わっての力の抜けた軽快なテンポの作品は大好きな黒澤作品の中でも常に上位にいる作品でした。

その作品のリメイク、黒澤作品の正規リメイクとしては、私にとっては『ラストマンスタンディング』以来の作品となるこの作品に対して森田芳光がどうアプローチするのか?
本当に楽しみにしていました。

(以降ネタバレあり)



















ううむ。今回は悪い方の森田が出てしまったという感じか。
オリジナル脚本を使うという選択肢は間違っていなかったと思うが、技巧というかアイデアに走ったのが裏目に出てしまったような気がしました。
アイデアのひとつひとつは良かったと思う。
しかしながら、オリジナルとは違うテイストを出そうとした部分が、この作品の持ち味である軽快さをことごとく潰してしまっている感がある。
というよりは、オリジナルの持つリズムを身体が覚えていてそれに対する違和感が作品を鑑賞する妨げになってしまった部分もあるのか。

映画も芝居と同じで、同じシナリオを使ってのリメイクというのは私は何度でもあって良いと思う。むしろもっとあるべきだとも思う。
安易な続編を作って物語を壊してしまうよりはよっぽど良い。
ただまぁ実際には映画そのものがそれなりの資金が必要なものであるからそう安易に出来ないのが実情だと思っている…。

と、この話を始めるとまた長くなるは本筋から外れるわになってしまうのでおいといて…。

まぁ結果論になってしまうが、今回はちょっと力入り過ぎだったのが一番まずかったかな。特にこの作品の持ち味はその軽快さにあるのに、音楽にしても演出にしても、それを殺してしまっている感が強い。
キャスティングにしても、観るまでは割と良いかなと思っていたが、そのキャストを使った意味が薄れてしまうような演出になってしまっている。
一番気になったのは若侍たち。
オリジナルの加山雄三や田中邦衛などが決してうまいとはいえないが、使う言葉に対しての意味はまだ咀嚼しているように思う。
奥方様と千鳥も、オリジナルのその部分を残したのかという感じで、それが中村玉緒と鈴木杏には合っていなかったような気がする。
大目付たちも、ちと演技過剰気味。
三十郎の織田裕二は、オリジナルから離れた殺陣は非常に良かったものの、それ以外の部分がオリジナルと同じであるが故に三船敏郎の影がどうしても見えてしまうのがマイナスになってしまった。
何せあの三船敏郎のしかも当て書きキャラクタ。これはちょっと分が悪かったか。
その中で、力が抜けていて唯一良い感じだったのが豊川悦司。
仲代室戸とは良い意味でキャラが被らなかったのも逆に良かったか。

これらすべて、もう少し力が抜けて作られていれば良い作品になっていたと思えるのがとても残念。
まぁプロデューサーが昔の角川春樹ではなく、今の角川春樹であるという時点でそれは難しいのかなぁ。


あと、実際に観るまですっかり失念していたが、今回オリジナルに対して一番不利に働いたのは色がついている事と、(THX認定スクリーンでみたせいもあって特に)すべてがはっきり映りすぎてしまう事。
一度に目に入る情報量が圧倒的に違うので、それだけで実はリズムが違う。
軽快感を出すためにはより軽いシンプルな映像の方が良い。
そういう意味でモノクロオリジナルで軽快な『椿三十郎』に対するリメイクとして、特に説明過多な演出アプローチは実は向かない。
黒澤の看板を背負っているだけで重くなっているのに、気負いすぎて、しかもという状態で結果を残すのはちょっとハードルが高すぎたように思う。


などといろいろ書いてはいるがそれでも楽しめたし、良かったところもあった。
少し前にも触れたがオリジナルとは異なっている殺陣全般。
戦術的に正しい方法をきれいに実践していたし、ここを小気味よく丹念に見せたのも正解。唯一ラストの駄目押しに関してはやり過ぎだと思ったがそれ以外は良かった。ここは前述の情報量の多さがまた良い方に作用していた。
そして、これはオリジナルと同じ構図だ!と思える部分。
思わず(本来ならそういうシーンでないのに)うるっときてしまいました。
相反することに思えるかもしれないが、このふたつのブレンド具合でもっと面白いものになり得たのにというのがみえるのがとても残念だ。


ただ、このチャレンジは評価に値すると思う。
テレビドラマだったが、少し前に放映されたリメイク版『天国と地獄』は本当にひどかった。小手先だけで何とかしようとしているのが見え見えで、さらにオリジナルへの愛情は欠片も観る事が出来なかった。
こんな演出をした監督は二度と監督などしてほしくないと心の底から強く願った。
そういうものと比較してしまうのは何だが、黒澤三船に真っ向勝負を挑んだキャストスタッフは凄いと思う。
できれば、納得がいくものが出来るまで、このキャストスタッフそのままで何度でもチャレンジしてほしいくらいである。
それくらいアイデアはあると思えた。

まぁ芝居で言えば再演希望という奴ですな。


あと、最後に周りのお客さんたちの反応はけっこう良かった事を付け加えておきます。
特に笑える部分は敏感に反応していたし、同じ列にいた子供の反応はなかでも特に良かった。その子がまた帰り際に「面白かったね」なんて感じで親と話していたし。
鑑賞前にお年を召した方が、「中村珠緒と藤田まこと以外誰も知らないなぁ」などとその奥さんとパンフを見ながら話していたのも印象的でした。