(2016/01/01 at 新宿ピカデリー シアター8)
聲の形は人の形。
伝えようとする伝え方も、伝えられたものをどう受けとるかも、十人十色。
何が正しかっただなんて判りゃしない。
きっと何度も何度も思い出しては後悔し続ける。
補聴器が一つになったのは、あれは血を流していた方の耳だったっけ?それは邪推のし過ぎか。
ひとつ消えた希望がせっかく訪れた幸せにより強調されてしまい、これ以上の幸せはもう無いんだと錯覚する。
将也は一度死ぬ気になったことがきっかけで自分が求めなければならないものの方向、自分の視点を変えられるきっかけを得た。
それは正しい道の選び方ではないけれど、今、この場に限って言えば、これからの硝子に対して少しだけ近くなった。少しだけ。
好きという言葉さえきちんと伝えられなかった硝子。どんなに勇気を振り絞ったことか。そこから始まる後悔。
ふとしたきっかけでどこか諦めてしまったものが取り戻せ、近くなる距離。
遮られた表情。もしくは見えない表情。実は見ようとしないから。見たくないから。
見たくないものは見なければ良い。
それはある人にとっては、ある時にとっては救いであるが、そこから後悔が自分を蝕んでいく。
彼女や彼らは単に悪い子というわけではなく理解ができないんだ。
それも、努力すればなんとかなるというレベルではなく、たぶんそこに余地はない。
いや、少しだけ余地はあった。
その距離は少しだけ縮められた。
良かった。ホント最後までもしかしたら死んじゃったんじゃないかと思っていた。
ちゃんとごめんなさいを言えて良かったな。
よくあるものに落ち着くんじゃないか。
この評判をもってしてもどこかでそう思っていた。
それがもう最初の一音からまごうことなき山田尚子じゃないか。
『映画 けいおん!』でも『たまこラブストーリー』でも毎回ビックリさせられてきたのに、またそれらさえも越えてしまうのか。
それも、インタビュー等で前に読んだ本来の山田監督の趣味嗜好に益々沿った形になって。
あなたは本当にどこまで人を驚かせれば気が済むんだ。