2026/08/28

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 〈ワルプルギスの廻天〉』(2026)

(2026/08/28 イオンシネマ多摩センター スクリーン1)

ネタバレをせずに何を語ればとも思ったが、「好き」とだけ答えておこう。

なのでこれ以降はブログのみの感想。
ここからはネタバレに遠慮してないのでご注意を。(警告)

いやぁ、懐かしいなあこの拗らせ具合。
これでこそまどかマギカだよ。
嬉しくなってしまった。

その上これでもかというイメージの洪水。

物語としては反逆の続きで、お互いの関係性はそういうことか。
という所から始まって、そこからの反逆とはまた異なった違和感。

その先、彼女の正体はまずそうだろうというのはタイトルからしてわかるのだけれど、ここから先はもうひとつの存在に対して幾つかの可能性をまとめてぶち込んだ故のカオス。
だとするともうこれは誤読を楽しむしかないだろう。
こういうのが好きなのだ。誰がなんと言おうと知ったことか!
円環前提でそれでも救われなかった少女と、そもそも救ってなど欲しくなかったむしろインキュベーターの真の目的そのものが救いだった少女、そしてまどかよりも前にそもそも同じ願いを持っていた少女の成れの果てが実は。
利害関係や状況で敵味方や好悪が逆転し、見え方が変わり、そこから始まる様々なバトル。
もはや前作から便利に使われ続けるさやか。話の途中で観客の本音を言い出し始めたり、唯一の燃料だった筈がもうやめたとか言い出したりとかどれだけ美樹さやかが好きなんだよ。
というか名前の元ネタからして神聖視されてもおかしくない娘では元々あるのだけれど。
オクタヴィアにはもっと活躍して欲しかったなあなんて思っていたらそれどころじゃない一番ヤバい奴があわや復活とかは痺れたなあ。いや、ワルプルさんどころじゃない奴の登場は一番痺れた。

他にも、まどかが望んだ世界の結果に産まれた外の世界とか、ほむらが望んだ世界の結果に産まれたまどかと円環さんとの関係とか。

さて、これからインキュベーターは何を始めるのか。
ここでバッサリその後を一切描かないのが個人的には大好物なのだけれど。

と、ここまで書いて気づいた。
私はこの作品に『ガメラ3』と同じものを感じていたんだ。だからその終わり方もそうなって欲しいと思っているんだ。