2010/10/30

「ゾーイの物語 老人と宇宙4」"Zoe' Tale" (2008) by John Scalzi

「老人と宇宙」シリーズの最新刊である「ゾーイの物語 老人と宇宙4」を読了。


「最後の星戦 老人と宇宙3」の中で描くことができなかった部分を彼らの娘であるゾーイ視点で描いた物語。
既に「…3」のほうは殆ど忘れてしまっていたものの、読むうちにいろいろと思い出したわ。


そして、ある意味スピンアウトであると軽く考えていたら、これが事の外面白かった。
これならヒューゴー賞候補になってもかしくないわ。

この手のものは個人的には「クラッシャージョウ外伝 ドルロイの嵐」と「ダーティペアの大乱戦」以来かな。

同じ物語でも(あたりまえだが)見事にゾーイ視点、ゾーイ思考で違うタッチになってるんだよなぁ。
ある意味ジュブナイル。
それでいてしっかりカエルの子はカエルであるというところが最後の星戦でのアレ(つまり今回の話)に辿りつくという。

何かこの人は本当に器用だな。寡作であることがもったいない。
さらにどうやらアメリカSFファンタジー作家協会の会長にもなったみたいだから、ますます著作活動なんて…と思ったらまた器用な新作(小説のリメイク小説)なんてものを書いているのか。

2010/10/24

サイト更新

kaname's favourite things!!
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  映画館リスト
   2010.11.19オープン
    フォーラム東根
   2011.1.16閉館
    梅田ピカデリー
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THEATER INFORMATION... from < kaname's favourite things!! >
2010.11.19オープン フォーラム東根
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2011.2.27閉館 ユナイテッド・シネマ真正16
2011.11オープン 109シネマズ湘南

2010/10/07

「パターン・レコグニション」" Pattern Recognition"(2003) by WILLIAM GIBSON

ようやく、「パターン・レコグニション」を読了。




基本的には今までと変わらないギブソンらしい世界。

しかしながらそこに描かれているのは近未来ではなく、追いついてしまった今。

処女長編「ニューロマンサー」を描いた時から、もしかしたら狙っていたのだろうか?




しかしまあ、この作品のなんともフォトジェニックなこと!


愛らしいヨーロッパ映画のための脚本の原作小説として作ったと言われたら信じるぞ。

というか、何この私の趣味どストライクなは!

それこそ岩井俊二的な映画作家が脂乗り切ってる時に映像化してもらいたいクラスの溺愛必須なこの作品には本当にビックリしたわ。


それこそ主人公の名前を前出の処女長編の主人公と同じであることさえ些細なことになるくらいに!

2010/10/04

「フューチャーマチック」"ALL TOMO RROW'S PARTIES"(1999)by William Gibson

「フューチャーマチック」を読了。



「ヴァーチャルライト」「あいどる」と続いた三部作の完結編はその前二作品の主人公二人を主人公とした上に、今まで以上の多人数視点で始まり、それらが一つに収束していくという形であった。

こうして改めて三作みてみると、基本ラインはニューロマンサーな三部作とほぼ同じではあるな。
ただ少しだけ、未来から現在に近くなっただけで。

いや、近未来が少しだけ近づいた分予測に対する補正が入り、現実的になったというのが正しいのか。

まあ次なる三部作はSFではない時間設定みたいだからなあ。


タイトルは原題のほうがしっくりくるな。
彼ら彼女らは個別ながら皆そのために動いていたのだから。


その皆が阻止した未来が何なのかというのがマクガフィンだったのは良かったな。
何を見せ何を見せないという匙加減の上手さはこんなところにもでてるなと思う。



さて、この三部作のビジュアルイメージって一番近いのがスワロウテイルなんだよなあ。割とそのままだけれど。
そういう意味で岩井俊二が撮ったらこんな感じじゃないのかというイメージで読んでました。

2010/10/02

『七瀬ふたたび』(2010)(ネタバレあり)

『七瀬ふたたび』及び厳密に言えばその前に上映された『七瀬ふたたび プロローグ』を観ました。
(2010/10/02 at 渋谷シアターN シアター2)

この作品、原作に対する想いは散々書いたような気がするし、それでもたぶん半分も書いちゃいないのだけれど、今回はやめておく。
ただ、かなり好きだということだけここでは書いておこう。



さて、まずはプロローグから。
中川翔子監督、小中和哉脚本による10分程度の短編。物語のプロローグとして添えられた作品。


狙いとしては非常に良いと思う。構成、コンセプト共に○。キャスティングも良し。
ただし、特に映像表現が詰めきれていなかったのは残念。
イラストとの合成部分はもっと頑張って欲しかった。

まあキャスティングで七瀬の母親役に多岐川裕美引っ張ってきた時点で○なのだけれど、今まであまりちゃんとした形で出てきていなかった七瀬の過去という切り口で最初に見せるというのも良いなあと思った。ちなみに本編には多岐川裕美は出ない。


さて、本編。
まずはネタバレなしの感想。
正直に言ってしまえば原作を読んでない人にはあまり勧めたくない。
この作品だけで原作まで読んだ気になられるとそれはそれで嫌だ。

これを観て原作に興味を持つ人もいるとは思う。
でも、単体でこの作品を愛せ!というには、もう少し基本的な所で練り混みが欲しかったように思う。

けれども、原作を知って愛している人には勧めたい。
この作品を幾重にも楽しめると思うから。
(とはいっても前述の部分でひっかかってしまう可能性もあるが。)
少なくとも私はこの作品を愛した人と語りたい衝動にかられている。




続いて、ネタにあまり突っ込まないレベルで語ろう。既に観る気になっている人はここから先は観てからのほうが良いと思う。












この原作は、ある程度忠実に描こうとするには映画という枠ではなかなか難しい作品である。
なのでどうするのかと思っていたら、冒頭から「あ、すげえ」と思わされてしまった。
ここを切り口にすれば、全体の再構成や話の取捨選択はかなり絞る事が出来る。
原作冒頭が割とオーソドックスにキャッチーなのでその線かと思いこんでいたからそうかその手があったかという感じだ。

能力表現の仕方は好きだな。原作を尊重したやり方だと思う。

前者(再構成)は伊藤和典の本領発揮、後者(能力表現)は小中和哉らしいやり方であると思う。


役者に関しては芦名星の無機質な感じは割とうまくハマっていたと思う。
警察サイドは思い切り安全牌な配役だったし七瀬の仲間たちもうまいところを持ってきた。
強いて言えば子役の子はもう少し小さい子の方が良かったかも。


で中身に戻って、脚本がもたらした構成の妙があったおかげで、原作テイストがかなりそのまま生きていた。
それがとても良かった。

しかし後半になるに従い、徐々に苦し紛れの展開打破が増えてくる。
それを映画という名の力業で処理出来ていればそれはそれで面白かったのだけれど、如何せん小中監督はあまりそれが上手くない。
言ってみれば両者の食い合わせの悪さが出てきてしまったのだろうなあ。
ここが、誰にでもは薦められない理由である。

けど、それでも好きなんだよ。

これ以上は、本当に大きなネタバレになるのでまた改行。


















そうか!
そこに落とすか。
正直に言って七瀬が例えイメージだけでもキスシーンを迎えることが出来て、それだけが良かったね!〉七瀬、ということになりかねないと思っていたら・・・。


それだけを単に文章にしてしまえば残念に思われるだけかもしれないが、それが前にどのタイミングでどのように表現されてたかというところと、テレパス、時間遡行者、そして「七瀬ふたたび」の3つを絡めれることで、やられた!と思ったよ。

もしかして途中の苦し紛れな部分もわざとなのかと思いたくなるくらいに。
いやあれはダメなのだけれど。
脚本読み込むか書き直すかすべきだったと思う。〉苦し紛れなところ


さて最後にいわばジョーカーとして配置された吉田栄作の役柄。
私は良かったと思う。
チートキャラではあるが、強いが上に脆いところ。こういうところは本当にうまいな。

2010/10/01

「あいどる」"IDORU"(1996)by William Gibson

続いて、こちらも久々に「あいどる」を読了。

橋上三部作の二作目

舞台を東京に移しながらも、あるものを手にしたが故に追われる事となった女の子と、トラブルを抱える男の2つの物語が交互に語られながら、一つの話に結実していくさまは前作と同じ。

ただし、舞台が東京である事とある意味今だからこそより親しめる内容が多いことから、こちらのほうがヴァーチャルライトより親しみが持てる。

ただ、後半の疾走感はヴァーチャル…のほうが好きかな。あいどるのほうはちょっとあっさりし過ぎ。


しかしまあ、ここまでヴィジュアルがかっちりしてる話なのに、古さを感じないこと!

やってる事自体は、ホント手垢が着いてることなのに…というかそれが故か。
逆に下手に映像化するとその罠にハマりそうだ。


さて、ようやくあいどる読み終えたのでフューチャーマチックに手をつけられる。
2つのパーティーの後を飾る"ALL TOMORROW`S PARTIES"

楽しみです。

2010/09/30

2010.9.30閉館 渋谷シアターTSUTAYA

2010.9.30閉館
渋谷シアターTSUTAYA
(CCC)
(Q-AXビル)
−渋谷区円山町・東京都−

シアター1  262 +(2)
シアター2  171 +(2)

2010/09/29

けいおん!! 番外編2「訪問!」

ち!

騙された!

番外編二本あって一本目があれだったからつい油断していたら、この回、番外編の振りして見事な最終回じゃないか!

最後まであなどれんなあ花田大先生は。








と涙してたら…










映画化決定だと!


しかし今回やけにヌルヌル動くわ、和の非道っぷりにも磨きがかかっているわ、卒業アルバム用集合写真の律っちゃんの伏線はここだったかとか、10話まで繋げてきたかとか、律の一瞬のにっ!とか心が異世界にいってる紬とか、手が黄色くなる唯ネタ意識してるだろうとか、料理ネタは律唯両方回収してるし、亀回もクーラー回もお留守番回も回収してるぞ、澪の恋愛脳も拾ってるし、ぱっつん唯も拾っているし、勝利のチョキもあるし、まさかのサルでもわかるシリーズ第2弾。
パロディなDVDジャケネタまで拾ってるし一期番外編のライブハウス回の逆ネタっぽいのもある。
もしかしてマラソン回の回収も?
ある意味あっさり終わった最終回も意識してるだろう。


けど、何よりも何よりも…。
梓のふわふわ、間違う事なき2期1話冒頭の伏線。

普通30分の番組でここまで伏線もしくは過去回を意識したものを詰め込むか?


そして笑顔で走る4人。

2010/09/28

『プライベート・ライアン』"SAVI NG PRIVATE RYAN" (1998)

『プライベート・ライアン』を久々に観ました。(2010/09/26 at 渋谷TSUTAYAシアター シアター1)

この日は、このTHX認定スクリーンである渋谷TSUTAYAシアター、シアター1の最終上映日。

2006年1月28日にQ-AXシネマ1として当初からTHXの認定を受けオープンしたこのスクリーンをなんとか滑り込みで体験する事が出来ました。

『プライベート・ライアン』。しかもまさかの爆音上映。



いやホント、このハコのスペックを堪能させていただきました。

上映中の暗闇さ加減といい、映写室・スクリーン・座席との関係といい、ハコの大きさと相まって実に心地良かったし、爆音にも関わらず(ハコに似合わない音量何度も体験している身としては)ここまで歪み無く鳴る気持ち良さ!



これまた初体験のTHXトレーラーパレードから始まった『プライベート・ライアン』ですが、冒頭けっこうな量の傷に経た年月を感じさせられたものの、そんな感慨に浸る間もなく血のオマハへと突入。

しかも爆音。

何かもう本当に凄かった。

もう12年も前の作品だよな?
目を背けたくなるほどの生々しい血みどろさ加減と途切れる事の無い地獄。
このTHX認定スクリーンでの爆音って形態こそ、この作品の本質を伝えられるんじゃないかと思った。
それほどまでに鮮明で、からだに響いてきた。



で、その地獄な序章を終えて始まる物語には、初見及び2回目に観た時には感じなかった事を感じた。
過去には感じなかった若さがそこにあることを。(もしくはあったことを。)

例えば、トム・ハンクス演じる中隊長の迷いや決断は普通に思えた。
けど、今観るとそのトム・ハンクスをむしろ若いと感じるんだよな。

当時のスピルバーグとの歳の差と今の歳の差によるもの?
もしくは当時の自分の歳と今の歳による歳の差?

正直いって今まではここまで「当時」と「今」の差というものを感じる事は無かった。
けれど、今回それをある意味思い知らされた。しかもこの作品で。

それを「今」観ても鮮明に見せてくれたのはこのハコの力。

この場に居合わせる事が出来て良かったよ。

フィルムは年を取らないんだと強く思った瞬間でした。




そして、唐突な邂逅(ここで邂逅がある事をすっかり忘れていた)から物語はクライマックスへ進み始める。


そして、実は当時衝撃を受けた冒頭の15分よりも凄まじい戦闘が始まる。
冒頭とは比べ物にならないほどの低音の暴力。

いや本当に凄まじかった。


けど今回一番気に入った所はさらにこの先。

ミラーが爆風で耳をやられてそれまでの音の嵐が一転静かになる。

初見は立川のシティ2だったからこのあと耳が復活するまでの間もかなりいろいろな音が入り乱れていたのは覚えている。

ただ今回、全体の音量が上がっているせいかかなりはっきりと聴こえる。
ただし…が付いて何か逆相のような変な感じ。
あれ?ホントに何か耳が不思議な感じになったのが面白かった。

というか、もしかしてこの作品のサウンドデザインって、この音量を想定してたのか?ってくらいなハマり具合。


そういうところでも、この作品をこういう環境で聴かせるということに対するセンスの良さを感じました。

いや、本当に良かった。


これを二度と感じることが出来ないであろう事が残念でなりません。


ただし、次の回を観るには腰も限界に来ていたので本当の意味での最終回は観ることが出来ませんでした。

二度観るにはちと疲れ果ててもいたし。



話変わって今回の上映、意外なくらい若い子たち、せいぜい20代前半くらいの子たちが多くてびっくりしました。けっこう初見の子も多かったみたい。

ううむこれは私が最近映画館に足を運んでないからなのかこの作品この劇場に対する興味からなのか。

こういう微笑ましい状況で観る事が出来たのも今回とても良かったです。

「ヴァーチャル・ライト」"VERTUAL LIGHT"(1993)by William Gibson

実に久々に、「ヴァーチャル・ライト」を読了。

橋上三部作(というよりはトマソン三部作の方がしっくりくる)の三冊目を借りてきたのは良いものの、前二作ともすっかり忘れてしまったので引っ張り出したという感じだが。




さて、まあ読み進めるに連れて思い出していったものの、けっこう忘れてるな。

冒頭数章がクライマックスの仕掛けに繋がっていくくだりなどはすっかり忘れていたわ。

おかげさまですっかり楽しめました。


アイフォンなんてものが出てきていたのも忘れてた。
もっとも、iではなく、たぶんeyeとかなのだろうけれど。
極近未来な設定なのでたとえばVLグラスなんかは、ARの延長線上の話とかを組み合わせればかなり現実的な話。
ところにより現実が追い抜いているものがあってもおかしくない。


ただ幸いな事にゴールデンゲートブリッジも東京も無事であることと、やはり9・11はこの手の小説に触れる上での時間軸の変節点になっていることを再認識した。


実際後で読む予定の次の三部作はよりSF色はなくなっていると聞いている。
読むのが楽しみである。


で、本編に関してだが、宗教的なアイコンが物語のある部分を占めているためか、ニューロマンサー三部作と比べてもかなりディックな香りが強い。
かといって模倣ではなくギブスンのカラーを保っている。
この立ち位置が好きなんだよなあ。


というわけで「あいどる」へと続く